徳島の藍、江戸時代の品評会で常にトップ??

有松にて開催された

”藍染め講演会”のお話です。

徳島から矢野工場さんがゲストとしてお話されました。

渦も参加させていただきました。

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そんな中で聞いた徳島の面白いお話を。

元々、日本では

タデ科”

という藍の品種が栽培されてきたのをご存知でしょうか?

その”タデ科の藍”から

「すくも」

という発酵させる日本独自の技術技術で、

色素含有量の少ないタデ藍

から濃い独特の色を染色させることができます。

(ちなみに、海外では別の品種が栽培されてきました。

沈殿藍という別の技術があります。)

すくも

すくも

かつてから、藍といえば

埼玉、滋賀、徳島。

しかし、染め師は全国にたくさんいたんです。

これらのエリアで藍が有名なのは、

染め師がたくさんいたのではなく、

”すくも(藍)”の産地だったからなのです。

さらにさらに、

江戸時代に全国で流通する藍の品評会なるものがあったとのこと。

そこで常にトップを守っていたのが徳島の藍だったのです。

江戸時代の徳島藩は、藍の生産を奨励しました。

とにかく儲かったようで、

藍師や藍商から取り立てる税で藩の財政を確立したのだとか。

良い藍とは色素含有量が多い藍のこと。

たくさんの肥料が必要な藍は、土地が肥えていなければならず、

さらにそこから”すくも”を作るには

とても大変な手間と労力がかかります。

そんな中、時代の流れに押され、徳島では、

手間のかかる伝統的な”すくも”の生産者が

実質3件にまで減少しているそうです。

巨大な経済や便利な社会が確立した一方で、

かつてからあった手間のかかる良いものは、

たくさん失われました。

そして今の経済は、環境破壊などの問題も取り上げられています。

どんなに良い技術も、時代の流れに呑まれれば、

誰かが守らないとなくなってしまうもの。

”sustainability-持続可能”

これは、近年たくさんの人が重要だと感じていること。

伝統の中には、その持続可能なことを作り出すヒントが

たくさんあります。

 


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